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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和58年(ネ)152号 判決 1986年7月28日

控訴人

鍛治工業株式会社

右代表者代表取締役

鍛治元雄

控訴人

鍛治商産株式会社

右代表者代表取締役

鍛治元雄

右控訴人両名訴訟代理人弁護士

田中幹則

智口成市

斉藤寿雄

被控訴人

かみ一機料店こと

紙俊夫

右訴訟代理人弁護士

林周盛

主文

控訴人らの本件控訴及び当審での予備的請求をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

(一)  主位的

(1) 原判決を取消す。

(2) 被控訴人は、原判決別紙第一目録記載の方法を使用してフライヤーを製造し、又は右方法を使用して製造したフライヤーを使用し、販売し、譲渡し、貸し渡し、展示し、あるいは輸入してはならない。

(3) 被控訴人はその所有にかかる原判決別紙第二目録記載のフライヤーを廃棄せよ。

(4) 被控訴人は、控訴人鍛治工業に対し金一二三一万九三九七円、控訴人鍛治商産に対し六四五万三〇四二円、及び右各金員に対する昭和五四年一二月二九日から完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

(5) 被控訴人は、日刊新繊維特報の一面に二段抜きで、原判決別紙第三目録記載の文面の謝罪広告を二回掲載せよ。

(6) 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

(7) この判決は仮に執行することができる。

(二)  予備的(当審での追加請求)

(1) 被控訴人は、控訴人鍛治工業に対し金九〇六万九三九七円、控訴人鍛治商産に対し金六四五万三〇四二円、及び右各金員に対する昭和五四年一二月二九日から完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

(2) 前記(一)の(6)(7)と同旨。

2  被控訴人

主文と同旨

二  控訴人らの請求原因

1  本件特許権に基づく請求(主位的)

(一)  控訴人らの権利

控訴人鍛治工業は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」又は「特許方法」という。)を有し、控訴人鍛治商産は、控訴人鍛治工業が本件特許方法により製造したフライヤーの販売につき、通常実施権を有する。

(1) 発明の名称 フライヤーの局部メッキ方法

(2) 出願日 昭和四三年一〇月一日

(3) 出願公告日 昭和四六年一一月一五日

(4) 登録日 昭和四七年五月三〇日

(5) 特許番号 第六四六〇九六号

(6) 特許請求の範囲

内縁に硬質ゴムを張設した上下二個の電着隔離箱において、下箱にフライヤー挟持部を設けてフライヤーを挟込み、その両端環状部際を箱外に出し、上箱を腹合せとして挟圧し、メッキ溶液と同温の湯を隔離箱に入れた後、メッキ溶液に浸潰することを特徴とするフライヤーの局部メッキ方法。

(二)  本件発明の要部及び作用効果

(1) フライヤーとは、撚糸機材に取り付ける器具であり、針金部分の先に糸を通し回転させることにより糸に撚りをかけるものである。

控訴人鍛治工業の発明したKKPフライヤー(以下「控訴人製品」という。)は、この糸を通す部分に局部メッキをすることにより、折れたり錆びたりすることなく、テンションむら、撚りむら、糸切れ、糸汚れをなくし、無駄糸の発生防止、撚糸技術の改善に大きく役立つことになつた。

(2) 従来の局部メッキ方法は、メッキを施さない部分に絶縁塗料を塗り、メッキ後絶縁塗料を削り取つたのであるが、非常に手数で至難な作業であった。

しかも、フライヤーの如き線状に対する絶縁塗料の完全塗布は殆んど不可能であるから、その局部メッキは思いもよらなかつたのである。

しかるに、本件発明は、特殊の治具の使用により、極めて簡単に大量の局部メッキを完全になし遂げる方法である。

(3) 本件特許請求の範囲は前記(一)の(6)記載のとおりであるが、現実にはその方法自体よりも局部メッキの方法を実用化したところに意義がある。従来のフライヤーについては、局部メッキすることは理論的には考慮されていたが、それを実用化する方法は考えられなかつたところ、本件発明により初めてこれが可能となつた。

本件発明の要部は、フライヤーの部分メッキを、メッキしない部分を物と物とで挟むことによつて隠すという発想でメッキする点にあり、一般のガイド等の部分メッキ方法でもなければ、電着隔離箱という名称の器具を用いたメッキ方法に限定されるものでもない。

本件発明は、従来他のガイド等の部分メッキ方法として用いられていた方法を、フライヤーの部分メッキをする場合に応用し、これを実用化したところに意義があり、たまたまそこで使用する器具を電着隔離箱と称しているだけである。又、湯を入れるのも、メッキ効果をより高めるために入れるだけであつて、本件発明の本質ではない。

(三)  権利侵害

(1) 被控訴人は、昭和五四年三月頃から局部メッキしたフライヤー(以下「イ号物件」という。)を韓国から輸入し、販売している。

(2) 本件特許は物を生産する方法の発明についての特許であり、フライヤーの局部メッキ方法としては特許方法が唯一のものである。

イ号物件は控訴人製品と同一物であり、特許法一〇四条により特許方法により製造されたものと推定されるので、被控訴人は、右推定を覆すために、イ号物件の製造方法を主張立証し、かつそれが本件特許権の技術的範囲に属しないことについての主張立証責任を負う。

しかるに、イ号物件の製造方法が、被控訴人主張の方法(後記三の1の(二)の(1)ないし(6)の方法)(以下「イ号方法」という。)であることについて、何らの立証がなされていないうえ、イ号方法では部分メッキができないので、イ号物件は特許方法により製造されたものと推定され、イ号物件の製造・輸入・販売行為等は本件特許権を侵害する。

(3) 仮にイ号物件がイ号方法により製造されたものであるとしても、イ号物件の製造等は本件特許権を侵害する。即ち、

イ号方法におけるフライヤーの部分メッキ方法は、フライヤーのメッキしない部分を隠してメッキ液に漬け、一度に大量の部分メッキを可能にするという思想を技術化した点では、特許方法と同一である。イ号方法が、電着隔離箱という名称の治具を用いていないこと、メッキ溶液と同温の湯を入れていないことは、いずれも本件発明との同一性を否定するものではない。けだし、電着隔離箱というのは単にフライヤーを挟むものにつけられた名称にすぎず、イ号方法にはこれと同種のものが使用されているし、又、湯を入れるのは、単にメッキの境界をはつきりさせる為のものにすぎないからである。

不完全利用論、迂回発明論によるも、イ号方法が、電着隔離箱なる名称の治具を用いず、これと同機能を有するビニールカバーを用いていることや、湯を入れないことは、いずれもメッキ効果を劣らせこそすれ高めるものではなく、単に本件発明の構成要素の一部を形式的に欠くものにすぎないので、本件発明との同一性を欠くものではない。

(四)  控訴人らの請求内容

(1) 被控訴人の責任

被控訴人は、本件発明を実施する権限がないことを知りながら、又は過失により知らないで本件発明を実施し、控訴人らの権利を侵害している。

(2) 控訴人鍛治工業の請求

控訴人鍛治工業は被控訴人に対し、本件特許権に基づき、イ号物件の製造・輸入・販売行為等の差止、及び原判決別紙第二目録記載のイ号物件の廃棄を求める。

昭和五四年六月までの被控訴人関係以外の売上は月平均四一一万九六二八円、純利益は月平均一四五万二三六九円であつたが、イ号物件の販売のため信用が失墜し、同年七月から一一月までの売上は月平均三三五万一三〇〇円、純利益は月平均一六万七〇二四円に減少した。よつて、控訴人鍛治工業は被控訴人に対し、昭和五四年七月一日から一二月一五日までの得べかりし利益として、一四五万二三六九円と一六万七〇二四円の差額一二八万五三四五円の五・五か月分として、金七〇六万九三九七円を請求する。

被控訴人は、昭和五四年五月まで控訴人鍛治商産から毎月二〇〇万円平均の控訴人製品を仕入れ、これに約二五パーセントの手数料を上乗せして販売し、月平均の収入は約五〇万円相当であつたところ、同年六月以降イ号物件の販売により毎月同程度を販売している。従つて、被控訴人が昭和五四年六月以降一二月一五日現在までに得た利益は三二五万円となるところ、右利益の額も特許権者が受けた損害の額と推定される(特許法一〇二条一項)ので、控訴人鍛治工業は被控訴人に対し、右金員を請求する。

イ号物件は控訴人製品よりも品質が粗悪であり、事情を知らない取引先から控訴人らに対し品質についての苦情があとを絶たず、又、被控訴人は一部の取引先に対し、控訴人製品は特許を受けていないものだ等と虚言を弄して売りつけ、そのため控訴人らの使用は極めて低下している。よつて、控訴人鍛治工業は被控訴人に対し、慰籍料として二〇〇万円及び前記一の1の(一)の(5)記載の謝罪広告の掲載を求める。

ほかに、右各損害の合計金一二三一万九三九七円に対する昭和五四年一二月二九日(訴状送達の翌日)から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(3) 控訴人鍛治商産の請求

昭和五四年六月までの被控訴人関係以外の売上は月平均六八七万七六六七円、純利益は月平均一二七万九一九三円であつたが、イ号物件の販売のため信用が失墜し、同年七月から一一月までの売上は月平均五八六万三二八一円、純利益は月平均四六万九五四九円に減少した。よつて、控訴人鍛治商産は被控訴人に対し、昭和五四年七月一日から一二月一五日までの得べかりし利益として、一二七万九一九三円と四六万九五四九円の差額八〇万九六四四円の五・五か月分として、金四四五万三〇四二円を請求する。

控訴人鍛治商産も前記(2)の四段目記載の損害を受けたので、被控訴人に対し、慰藉料として二〇〇万円及び前記一の1の(一)の(5)記載の謝罪広告の掲載を求める。

ほかに、右各損害の合計金六四五万三〇四二円に対する昭和五四年一二月二九日(訴状送達の翌日)から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  不法行為ないし債務不履行による請求(予備的)

(一)  控訴人鍛治工業は、昭和四三年頃から控訴人製品(KKPフライヤー)を製造し、その販売実施権を専属的に控訴人鍛治商産に与え、同商産はこれを独占的に全国に販売していた。

控訴人製品は、従来のフライヤーに比べて折れたり錆びたりすることなく、テンションむら、撚りむら、糸切れ、糸汚れをなくすことができ、無駄糸の発生が防止でき撚糸技術改善に大きく役立つことから、その取引先から高い評価を得て順調に業績を伸ばしてきた。

(二)  控訴人鍛治商産は昭和五二年四月頃被控訴人に対し、小松地区での控訴人製品の独占的販売を委託する旨の契約(以下「本件販売委託契約」という。)を締結し、従前から控訴人製品を販売していた小松地区の取引先を総て被控訴人に引き継いだ。

そして、その後は小松地区においては、被控訴人が販売するフライヤーはKKPフライヤーであるとの認識が、関係業界に定着することになつた。

(三)  しかるに、被控訴人は昭和五四年三月頃から控訴人らに無断で、控訴人製品の模造物で外見上は区別がつきにくいイ号物件を韓国より輸入して、岸野繊維工業所等に対して販売するようになつた。

右販売の際、被控訴人は、イ号物件をKKPフライヤーと称し、あるいは買主がKKPフライヤーであると信じていることに乗じ、それがイ号物件であることを隠し、イ号物件をKKPフライヤーとして販売した。

イ号物件は折れやすく毛羽立つなど控訴人製品に比べて性能が著しく劣つており、粗悪品であつた。小松地区のフライヤーの買主は、イ号物件がKKPフライヤーと信じていたため、KKPフライヤーは性能が落ちたとの評判が立ち、その評判は小松地区から全国に広がり、たちまち控訴人製品に対する信用が低下し、控訴人らの売上も急激に落ち込んでいつた。

(四)  従つて、被控訴人は、故意に控訴人製品の信用を低下させ、控訴人らの売上を減少させたのであるから、控訴人らの営業権(営業上の利益)を違法に侵害したことになる。

又、被控訴人は、控訴人鍛治商産との間で本件販売委託契約を締結し、控訴人製品を小松地区で独占的に販売する権利を有したが、その権利は裏返せば控訴人製品しか販売してはならないとの義務を伴うものである。

従つて、被控訴人の前記(三)の行為は、本件販売委託契約に違反した背信的行為で債務不履行行為であり、被控訴人は控訴人鍛治商産に対して、同商産が被控訴人の債務不履行により蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

(五)  被控訴人の前記(三)の行為により、控訴人鍛治工業は、前記1の(四)の(2)の二段目(七〇六万九三九七円)、四段目(二〇〇万円)記載の各損害を蒙り、控訴人鍛治商産は、前記1の(四)の(3)の一段目(四四五万三〇四二円)、二段目(二〇〇万円)記載の各損害を蒙つた。

よつて、控訴人らは被控訴人に対し、不法行為ないし債務不履行による損害賠償金等として、次の各金員の支払を求める。

(1) 控訴人鍛治工業

損害賠償金九〇六万九三九七円及びこれに対する昭和五四年一二月二九日(訴状送達の翌日)から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(2) 控訴人鍛治商産

損害賠償金六四五万三〇四二円及びこれに対する前同日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金

三  請求原因に対する被控訴人の認否及び反論

1  本件特許権に基づく請求について

(一)  請求原因1項中、(一)、(二)の(1)の一段目、(三)の(1)の事実は認めるが、その余は否認ないし争う。

(二)  イ号物件は、韓国世和軽工社の李雨珍の創案にかかる局部メッキされたフライヤーを同社から輸入したものであり、その製造方法(イ号方法)は次のとおりであつて、特許方法とは全く異なる。

(1) 先ず、折曲加工してある塩化ビニール板とこれに取付けられている折曲加工したフライヤー取付鉄板に、フライヤー線をセツトする。その際、フライヤー線は両先端を巻加工し、中央部を湾曲加工してある。

(2) 次に、フライヤー線の上に鉄の角棒を乗せて、ボルトで固定する。

(3) 更に、その上を絶縁用のビニールカバーで覆つて、ビニール製ボルトで固定する。

(4) 以上の組立てたものをそのままクローム溶液の入つたメッキ槽に入れて吊し、角棒に電流を通してメッキ加工する。

(5) このようにメッキ加工したフライヤー線を取り出し適当なタンクに適量の絶縁油を入れ、その中にメッキしたフライヤー線を沈ませ、四〇〇度ないし五〇〇度の熱を加え、二時間ないし二時間三〇分たつてからメッキしたフライヤー線をとり出す(事後処理)。

(6) 最後に、この事後処理したフライヤー線をフライヤー玉にセットし、折曲加工して製品とする。

(三)  ところで、繊維機械に取り付けるガイドについては、本件特許が出願されるはるか以前から、メッキしない部分を隠し硬質クロームによる部分メッキを施す方法が一般化していたのであるから、単に「メッキしない部分を隠す」ということのみでは、それが本件特許出願当時の技術水準から公知の事実に属することから考えて、保護の範囲たり得ない。

そうだとすれば、本件発明の保護の範囲は、あくまで特許請求の範囲を基準とすべきであり、(1)電着隔離箱なる治具を用いること、(2)メッキ溶液と同温の湯を電着隔離箱に入れることの二点に限定されるべきである。

しかるに、イ号方法は右の方法によつていないのであるから、イ号物件の輸入販売行為は本件特許権を侵害しないことが明らかである。

2  不法行為ないし債務不履行による請求について

(一)  請求原因2項の(一)の前段は不知、後段は否認する。

(二)  同2項の(二)中、被控訴人が控訴人製品を委託販売したことは認めるが、その余は否認する。

(三)  同2項の(三)中、被控訴人が韓国からイ号物件を輸入して販売したことは認めるが、その余は否認する。

(四)  同2項の(四)、(五)は否認ないし争う。

四  証拠<省略>

理由

一本件特許権に基づく請求について

1  控訴人らの権利、被控訴人の輸入・販売行為について

請求原因1項の(一)、(二)の(1)の一段目、(三)の(1)の事実は当事者間に争いがない。

2  本件発明の構成要件について

<証拠>によれば、本件発明の構成要件は次のとおり分説するのが相当である。

(一)  内縁に硬質ゴムを張設した上下二個の電着隔離箱において、

(二)  下箱にフライヤー挟持部を設けてフライヤーを挟込み、

(三)  その両端環状部際を箱外に出し、

(四)  上箱を腹合せとして挟圧し、

(五)  メッキ溶液と同温の湯を隔離箱に入れた後、

(六)  メッキ溶液に浸漬することを特徴とするフライヤーの局部メッキ方法。

3  控訴人らの特許法一〇四条に関する主張について

(一)  控訴人らは、特許法一〇四条によりイ号物件は特許方法により製造されたものと推定され、被控訴人の方でイ号物件の製造方法について主張立証し、それが本件特許権の技術的範囲に属しないことについて主張立証しない限り、イ号物件の輸入販売行為が本件特許権を侵害するものであると主張する。

(二) しかし、特許法一〇四条は、「物を生産する方法の発明について特許がされている場合において、その物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは、その物と同一の点は、その方法により生産したものと推定する。」と規定しているので、同条の規定に基づいてイ号物件の輸入販売行為等の差止を求めるためには、控訴人らの方で、イ号物件が特許出願前に日本国内において公然知られたものでないことについて、主張立証しなければならない。

(三) ところで、本件発明はフライヤーの局部メッキ方法に関するものであり、局部メッキされたフライヤーを生産する方法の発明であるから、控訴人らは、特許法一〇四条の規定の適用を求めるためには、局部メッキされたフライヤーが、昭和四三年一〇月一日(本件特許の出願日)前に日本国内において公然知られた物でないことについて、主張立証しなければならない。

(四) しかるに、本件全証拠によるも、局部メッキされたフライヤーが、昭和四三年一〇月一日前には、日本国内において公然知られた物でないこと(新規物であること)が認められず、かえつて、<証拠>によれば、局部メッキされたフライヤーが、日本国内において既に同日前から公然知られていたことが認められる。

(五) してみれば、本件については特許法一〇四条の規定の適用がなく、控訴人らは、イ号物件の製造方法について主張立証し、右方法が本件発明の技術的範囲に属することについて主張立証しなければ、イ号物件の輸入販売行為等の差止は認められないというべく、従つて控訴人らの前記主張は失当である。

4  イ号物件の製造方法と特許方法との対比について

(一)  <証拠>によれば、イ号物件は、被控訴人が韓国の世和軽工社から輸入して販売したものであり、同社の李雨珍の創案により製造されたものであること、イ号物件の製造方法は、被控訴人主張のイ号方法(事実摘示の三の1の(二)の(1)ないし(6)記載の方法)であることが認められる。

右認定に反する<証拠>は、いずれも前掲各証拠に照らして採用し難い。

(二)  イ号方法と特許方法とを対比すると、イ号方法は、(1)内縁に硬質ゴムを張設した上下二個の電着隔離箱を用いていないこと、(2)メッキ溶液と同温の湯を右隔離箱に入れる工程を欠くこと、以上の二点において特許方法と相違しており、イ号方法は、前認定にかかる本件発明の構成要件(一)と相違し、構成要件(五)を欠くことが認められる。

5  イ号物件の輸入販売行為等が本件特許権を侵害するか否かについて

(一)  本件特許発明は、局部メッキされたフライヤーを生産する方法の発明であり、特許法二条三項三号所定の「物を生産する方法の発明」であるから、イ号物件の輸入販売行為等が本件特許権を侵害するか否かは、イ号方法が本件発明の技術的範囲に属するか否かによる。

しかるに、前述のとおり、イ号方法は、(1)内縁に硬質ゴムを張設した上下二個の電着隔離箱を用いず、本件発明の構成要件(一)と相違するうえ、(2)メッキ溶液と同温の湯を右隔離箱に入れる工程がなく、本件発明の構成要件(五)を欠くのであるから、本件発明の技術的範囲に属しないものといわなければならない。

(二)  控訴人らは、本件発明の要部はフライヤーの部分メッキをメッキしない部分を隠すという発想でメッキする方法にあり、たまたまそこで使用する器具を電着隔離箱と称しているだけであり、又湯を入れるのもメッキ効果をより高めるために入れるだけであつて、本件発明の本質ではなく、イ号方法がこれらを欠いても本件発明の要部を備える以上、その技術的範囲に属すると主張する。

しかし、特許法は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない。」(七〇条)、明細書の「特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。」(三六条五項本文)と定めていることからすれば、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載内容を離れて確定することは許されないというべきである。控訴人鍛治工業は、電着隔離箱やそこにメッキ溶液と同温の湯を入れることが、発明の構成に欠くことができない事項と認識して特許出願したのであり、そのことを必須要件とする発明として審査を受け特許を付与されたものである以上、控訴人らが、右は本件発明の本質ではなくイ号方法がこれを欠いても本件発明の要部を備えるのでその技術的範囲に属すると主張することは、許されないことである。本件発明の特許請求の範囲には、「内縁に硬質ゴムを張設した上下二個の電着隔離箱において」(構成要件(一))、「メッキ溶液と同温の湯を隔離箱に入れた後」(構成要件(五))と明記されているところ、イ号方法は本件発明の右要件をいずれも充足しないのであるから、イ号方法が本件発明の技術的範囲に属しないことは明らかである。

しかも、<証拠>によれば、繊維機械に取付けるガイド(糸を誘導する器具でフライヤーもその一種)については、本件特許が出願される相当以前から、メッキしない部分を遮蔽板で隠した上、硬質クロムによる部分メッキをする方法が一般化されていたこと、本件特許は、電着隔離箱という特殊な治具を使用し、しかもその中にメッキ溶液と同温の湯を入れる方法により局部メッキする点に、従前の局部メッキ方法とは異なる新規性・進歩性があると判断されて、登録が認められたことが認められる。ところが、イ号方法は、本件発明の正に核心ともいうべき電着隔離箱と、そこにメッキ溶液と同温の湯を入れるという要件をいずれも充足しないのであるから、この点からしても、イ号方法が本件発明の技術的範囲に属しないことは明らかである。

(三) 控訴人らは、電着隔離箱というのは単にフライヤーを挟むものにつけられた名称にすぎず、イ号方法にはこれと同種のものが使用されているし、又、メッキ溶液と同温の湯を入れるのは、単にメッキの境界をはつきりさせるためのものにすぎず、イ号方法が電着隔離箱という名称の治具を用いていないこと、メッキ溶液と同温の湯を入れないことは、本件発明との同一性を否定するものではないと主張する。

しかし、<証拠>によれば、本件発明にいう「電着隔離箱」というのは、極めて簡単に大量の局部メッキを完全になし遂げることが可能な特殊の治具であり(甲第一号特許公報の1欄31行〜2欄2行)、内縁に硬質ゴムを張設した下部電着隔離箱(下箱)に、同じく内縁に硬質ゴムを張設した上部電着隔離箱(上箱)を腹合せにして上方から挟圧したものである(本件発明の構成要件(一)(二)(四))。これに対し、イ号方法では、折曲加工してある塩化ビニール板(本件発明の下箱に相当する。)、ビニールカバー(本件発明の上箱に相当する。)のいずれにも、その内縁には硬質ゴムが張設されていない。従つて、イ号方法における「塩化ビニール板の上をビニールカバーで覆つてビニール製ボルトで固定されたもの」が、本件発明における「内縁に硬質ゴムを張設した上下二個の電着隔離箱」の要件を充足するとは認められず、両者が同一であるとも認められない。

又、<証拠>によれば、本件発明が「メッキ溶液と同温の湯を隔離箱に入れること」を要件としているのは、メッキ溶液と同温の湯を入れると、メッキ溶液との対流を避けることができ通電もしないということで、完全な部分メッキができるという効果を狙つているからであること、これに対し、イ号方法では、メッキ溶液と同温の湯を隔離箱に入れるという工程を欠くため、メッキ溶液が対流して通電し、そのままでは水素脆性を起こし、品質変化を来たすので、それを是正するため、メッキ加工したフライヤー線を取り出し、適当なタンクに適量の絶縁油を入れ、その中にメッキしたフライヤー線を沈ませ、四〇〇度ないし五〇〇度の熱を加え、二時間ないし二時間三〇分たつてからメッキしたフライヤー線を取り出すという事後処理を施すことにより、水素脆性を取り除いていることが認められる。そうすると、メッキ溶液と同温の湯を隔離箱に入れるという工程がなく、その代わり水素脆性を取り除くための事後処理工程があるイ号方法は、本件発明とは全く技術的思想を異にするものというべきである。

(四)  控訴人らは、イ号方法は単に本件発明の構成要素の一部を形式的に欠くものにすぎず、不完全利用論、迂回発明論によるも、本件発明との同一性を欠くものではないと主張する。

しかし、前述のとおり、イ号方法は、本件発明の正に核心ともいうべき電着隔離箱と、そこにメッキ溶液と同温の湯を入れるという要件をいずれも充足しないのであり、メッキ溶液と同温の湯を隔離箱に入れるという工程がなく、その代わり水素脆性を取り除くための事後処理工程があるイ号方法は、本件発明とは全く技術的思想を異にするものであるから、仮に控訴人らの主張する不完全利用論、迂回発明論なるものが認められるとしても、イ号方法が本件発明の技術的範囲に属しないことが明らかであり、控訴人らの前記主張は理由がない。

(五) 以上によれば、イ号物件の輸入販売行為等が本件特許権を侵害しないことが明らかである。

二不法行為ないし債務不履行による請求について

1  被控訴人が控訴人製品を委託販売していたこと、被控訴人が韓国からイ号物件を輸入して販売したことは、当事者間に争いがない。

2  <証拠>によると、次の各事実が認められる。

(一)  控訴人鍛治工業は昭和四三年一二月頃から控訴人製品(KKPフライヤー)を製造し、控訴人鍛治商産は同月頃からこれを全国に販売していた。

(二)  控訴人鍛治商産は、昭和五二年四月頃から被控訴人に対し販売先を小松地区に限定して控訴人製品の販売委託をし、被控訴人は、同月頃から小松地区の撚糸業者に対して控訴人製品を販売したが、控訴人鍛治商産と被控訴人との間では、控訴人製品の販売委託契約に関して何らの書面(契約書)も作成されなかつた。

被控訴人が同月頃から控訴人製品を販売するに際して一部控訴人鍛治商産の取引先を引き継いだ分もあるが、その大部分はその後被控訴人自身が新たに開拓した取引先であり、その最盛期には約二〇〇軒もの取引先があつた。

(三)  被控訴人は、控訴人鍛治商産が一方的に控訴人製品の単価を引き上げたり、納期を守らなかつたりしたことから、韓国からイ号物件を輸入して販売しようと考えるようになり、昭和五四年三月頃からイ号物件を輸入して販売した。

被控訴人は、昭和五四年三月頃から八月頃までは、控訴人鍛治商産から仕入れた控訴人製品と、韓国から輸入したイ号物件とを並行して販売した。

しかし、控訴人鍛治商産が同年九月にイ号物件の販売を知つて控訴人製品の販売委託を中止し、同年一一月二〇日には裁判所からイ号物件の販売差止の仮処分決定がなされたため、被控訴人は、同年九月から一一月まではイ号物件のみを販売し、その後はイ号物件も販売していない。

(四)  被控訴人は、イ号物件と控訴人製品を併行して販売していた期間中は、イ号物件を販売する際に、韓国製のフライヤーである旨説明して販売したり、あるいは何も言わずに販売していたが、イ号物件をKKPフライヤー(控訴人製品)と称して販売したことはなかつた。

被控訴人は岸野繊維工業所に対し、昭和五五年三月、五月に控訴人製品を販売し、同年六月、七月、九月にイ号物件を販売したが、その請求書にも、控訴人製品を販売した場合には「KKPフライヤ」と記載し、イ号物件を販売した場合には単に「フライヤー」と記載して、岸野繊維工業所に対しても、イ号物件をKKPフライヤー(控訴人製品)と称して販売した事実はない。

被控訴人は、イ号物件のみを販売していた期間中は、イ号物件をKTトップフライヤーと称して販売した。

以上の事実が認められ、右事実に反する<証拠>は、<証拠>に照らして採用し難い。

3  右事実によれば、控訴人鍛治商産と被控訴人との間には、控訴人製品の販売委託契約に関して何らの書面も作成されておらず、控訴人製品しか販売してはならないとの明確な合意がなされていたとは認められず、被控訴人は控訴人製品の大部分を被控訴人自身が新たに開拓した取引先に販売していたうえ、被控訴人は控訴人製品の単価や納期の関係から已むを得ずイ号物件を販売したのであり、しかも被控訴人はイ号物件をKKPフライヤーと称して販売した事実はないのであるから、被控訴人がイ号物件を輸入販売した行為が、控訴人らの営業権(営業上の利益)を違法に侵害する不法行為であるとは認められず、又控訴人鍛治商産との間の販売委託契約に違反する債務不履行であるとも認められない。

三結 論

以上の認定・判断によれば、控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくすべて理由がなく、控訴人らの主位的請求を棄却した原判決は正当であり本件控訴は理由がないので棄却し、控訴人らの当審で追加した予備的請求も理由がないので棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を各適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井上孝一 裁判官紙浦健二 裁判官森髙重久)

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